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東京地方裁判所 昭和31年(行)87号 判決

原告 諸橋角太郎

被告 東京都港区議会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「一、被告が昭和三十一年三月二十七日なした請願第二五号麻布山元町名存続に関する請願を不採択とする旨の決議は無効であることを確認する。二、被告は右請願につき採否の決議をしなければならない。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  原告は東京都港区麻布山元町に居住し、同町居住者の隣保団体である山元町会の会長に推されている者であるが、山元町の過半地域が東京都の土地区画整理地域として指定された結果、未指定区域に残留する居住者が六〇世帯に過ぎなくなるため町名変更の問題を生じ、東京都知事は麻布山元町を麻布十番三丁目と変更する原案を作成した。

(二)  山元町の町名は弘法大師の創業に係る名刹麻布山善福寺の山元を意味する由緒ある町名であるから、地元居住者はその存続を熱望し、昭和三十年九月二日港区議会議員二八名を紹介議員として被告に請願をなし、右請願は請願第二五号として受理された。

(三)  被告は昭和三十一年三月二十七日開会した会議において右請願の採否を日程第一一号として上程し、これを不採択とする旨の決議をした。しかし右の決議は次の理由によつて無効である。

(1)  同日区議会議長は決議録署名議員として出席議員中一二番議員及び一四番議員を指名したにも拘らず、現在に至つても本件請願不採択決議に関する署名議員の署名ある決議録は作成されていない。決議録に署名議員の署名のない以上、該決議が適法になされたものと言うことはできないから、本件決議は無効である。

(2)  本件決議は決議自体の手続にもかしがある。即ち、本件請願はまず総務委員会の審議に付せられたが、本会議において総務委員長は総務委員会における審査の経過を説明するに当り、同委員会が不採択と決した理由については何等説明せず、更に議長は委員長の報告について反対意見を求めることをせず、又斎藤慶雄議員が不採択に反対の意を表明したにも拘らず、不採択とする案の賛成者が出席議員の過半数を占めることを確認せず、不採択と決定した旨宣言したのであつて、かゝる決議は実質的に賛否の決定があつたものとは言えないから無効である。

よつて、本件請願不採択決議が無効であることを確認し、被告に対し改めて本件請願につき採否の決議をなすべきことを命ずる判決を求める。

三、本案前の答弁

本件訴を却下する旨の判決を求める。

(1)  被告議会が本件請願を不採択と議決したことは事実であるが、請願採否の議決は単に被告議会内部の事務処理としての意思決定であるに止まり、いかなる意味においても、原告に対してなされた処分というべき性質のものではない。従つて、原告は本件議決によつて何らの権利関係をも法律状態をも取得する筋合のものでないから、本件議決の無効確認請求は法律上の争訟の対象とはなり得ないものであつて、本件訴のうち無効確認を求める部分は不適法である。

(2)  右の点を別としても、元来請願なるものは単に国又は地方公共団体の事務に関して希望を述べる行為であるに止まり、請願を受理したものは、それを事務執行上の参考とするのであるが、それ以上に請願によつて拘束されるものではない。従つて請願がかゝる性質のものである以上、原告は本件請願の不採択議決の無効確認を求めることについて、何等法律上の利益はないから、この点においても本件訴中無効確認を求める部分は不適法である。

(3)  土地区画整理に伴う麻布山元町の町名変更については昭和三十年三月十九日東京都知事から被告議会に対し地方自治法施行令第一七九条第一項の規定による諮問がなされ、被告は同月二十二日麻布山元町の町名を麻布十番三丁目と変更する諮問の原案どおりで支障ない旨の答申をした。従つてその後被告に提出された本件請願は実際問題としても既に実益を失つているから、この点においても本件請願の不採択議決の無効確認を求めるが如きは全く訴の利益を欠く不適法な訴であり、却下を免れない。

(4)  本件訴のうち、被告に対し本件請願について採否の決議をせよとの判決を求める部分については、元来裁判所が地方公共団体の議会である被告に対しその議決機関としての行為について給付を命ずることは、行政事件裁判の建前上できないことと解されるので、この訴の部分も不適法であつて却下されるべきものである。

四、本案の答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

請求原因第一、二項の事実は認める。第三項の事実中署名議員の署名ある決議録が作成されていないこと、総務委員長が総務委員会における審議の経過を説明するに当り本件請願を不採択と決した理由を説明しなかつたこと、議長が反対意見を求めなかつたこと及び賛否の数を確認しないで不採択と決定したことは、いずれも否認する。斎藤慶雄議員の発言は議長が不採択の決定を宣告した後になされたものである。その余の事実は認める。

理由

元来請願は個人若しくは団体が損害の救済、公務員の罷免、法律命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、官公庁、議院又は地方議会に対して自己の希望を告げる行為であつて、法律に適合するものである限り、官公署はこれを受理して誠実に処理する義務を負うのであるが、請願を受理したものは、これを誠実に処理する以上の法律上の義務を負うものではなく、この意味において請願はこれを受理した官公署に対し法律上の拘束力を有するものではない。従つて又、官公署がその受理した請願を採択するか否かを決定しても、かゝる決定は当該官公署が当該請願を自己の事務処理の参考ないし方針とするか否かの態度を決するものに過ぎず、仮に採択しても請願の趣旨のとおり事務を執行しなければならないものではなく、まして請願者の権利義務その他の法律関係には何等の影響を及ぼすものでもないから、これを行政処分と解することはできないことはもちろん、請願者は採択決議の効力を争う法律上の利益を有しないと言わなければならない。本件において原告は、その被告に対してなした請願につき被告のなした不採択決議の効力を争うのであるが、請願不採択決定の性質が右のとおりのものである以上、本件中請願不採択決議の無効確認を求める部分は原告の公法上の権利関係に関する訴訟とは称し難く、又訴の利益もない。

次に、原告は被告議会に対し請願採否の決議を命ずる判決を求めるが、裁判所が地方公共団体の議会に対してその自治権に属する事項につき議決を命ずることは、憲法第九四条所定の地方自治の原則から言つても許されないところである。

従つて本件訴は総て不適法であるから、これを却下すべく訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者たる原告に負担させるべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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